N-Wave VOL.116
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8 会長インタビュー 46たたかれる。それが親方制度で、自分で買ってくれば自由に売れるでしょ。それができなかった。小百姓と一緒。そういう制度がずっと続いた。それを、わしは親父に、こんなことをやってたら儲からへんでって。何とかしないかんって言ったら、「お前は小こ癪しゃくなことを言う」と言われた。そういう頭の人ばっかりだったから結局仕事を受けないといけないもんで、何とかやってきた。日野 そんなに大変なのに、どうして澤村さんは続けてこられたのですか。澤村 次男なんですけど、兄貴が戦死したでしょ。兄弟12人なんです。横道にそれる暇がなかったの。夢中で通って来ただけだね。日野 紙漉き一筋ですね。澤村 そうです。一筋と言うても美濃和紙という名前は1300年以上続いているんですよ。うちでは家内工業で紙漉きを伝承し続いている。だから私は、自分らはえらかった(つらかった)けど先祖の人たはもっとえらかったろうと。今は日本全国どこへ行ったって美濃和紙と大事にされる。なるほど昔の人が苦労してえらいとこ通られたんだなということが、自分が体験するでよけいわかるでしょ。私は先祖の遺徳でわしらが伝承しておるだけよって言うんです。日野 なるほどね。澤村 この本美濃紙は実は通風性や保温性があるんです。和紙は温かく感じる。なんとなく「なごみ」があるでしょ。日野 確かに温かみがありますね。しかし澤村さんすごい手をしてますね。仕事の手よ、これ。澤村 90歳の手にしてはきれいだって。まだ現役じゃてね。日野 大きいね。手が大きい。親指なんて私の倍ぐらいある。澤村 握手してごらん、一生懸命握ってください。力あるやないか。いいかな? わしが握るよ。日野 同じぐらいある。澤村 わしのほうが強いわ。やってみなさい。確かに力あるわ。柔道をやっておられるかなと思った。日野 建築現場で重たいものを持っていましたから。でも、澤村さんはちゃんと正座されているのがすごいね。サッと立って。どっこいしょじゃないもんね。完全に負けてる。正座してないのに私はもう立てん(笑)。澤村さんはサッと立ったな。すごいです。ところでこれは俳句ですね。きれいに書いておられますね。澤村 『かんざらし老いたる母の手をおがみ』。みぞれが降るときでも楮を炉端にひっくり返す作業があるんです。おふくろが86歳になって、赤い手をしてひっくり返してくれる。1年に1句か2句書いてみるの。日野 この紙は漉いて何年くらい経つのですか。澤村 50年くらいかな。日野 でも、すごく綺麗。古くないですね。紙ってすごいですね。澤村 そりゃ1000年でももつから。長生きしないと紙の先が見れん。日野 まさに1300年の歴史ですね。いやはや上には上がある。まだまだ努力が足りないと思いました。お話を聞けて良かったです。今日は仕事も休んでいただきありがとうございました。写真提供/美濃和紙の里会館/本美濃紙保存会職人の手「きれいな水、きれいな空気、きれいな心で、紙は漉かないと良い紙にはならない。品のある紙を漉けるようになるには、心がきれいなことが大事」と語る澤村さん。▲ 澤村さんは書や俳句も嗜まれる。▲ 昔から「寒月」といわれ、和紙を漉くのは冬場がよいとされています。澤村さんの大きな手は、凍えるような寒さで続ける仕事の厳しさを物語っているようです。〈※1〉 律令制  奈良~平安時代に施行された律令法に基づき公地公民制を基礎とする中央集権的官僚体制。律令法は刑法の律、刑法以外の諸規定を網羅した令からなる。〈※2〉 古事記  現存する日本最古の歴史書であるとされる。和銅5年(712年)に太安万侶が編纂し、元明天皇に献上された。〈※3〉 うだつ  日本家屋の屋根に取り付けられる小柱、防火壁、装飾。P11「散歩道」参照。〈※4〉 白 皮  楮の外皮をはぎ取った内皮のこと。〈※5〉 流 漉  和紙の手すき法の一種。料液をすくい上げ全体を揺り動かすうちに、紙料の一部が簀子(または漉網)に付着し、所定の厚みに達したら全体を傾け余分の紙料液をもとの桶に流してもどすもの。〈※6〉 装潢師  書画幅または書物の表装をする技術者。

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